スタッフブログ

環境ノートNo.5  諏訪湖の水質環境(2)

 環境ノートNo.5  諏訪湖の水質環境(2)

 

まんぼう

 

  前回は諏訪湖の水質環境悪化の歴史と水質改善の取り組みについて述べました。今回は諏訪湖の湖岸の環境修復に、行政と市民が一緒になって立ち上がった修復事業について紹介します。

 

3.沿岸の修復事業

<水草の生態保全機能>

  「水辺」や「岸辺」の言葉に代表されるように、人は水との関わりに癒され、時には水から得られる恵みを生活の糧としてきました。水辺の動植物も水辺のビオトープを形成し、彼らにとって好ましい水質環境、ひいては人間にとっても好ましい水質浄化機能を維持してきました。

  私は生態環境の専門家ではありませんが、しばらくの間土木屋の立場から干潟の造成事業にかかわってきました。沿岸の湿地、浅場は生態系に不可欠の揺籃(nursery)の場です。海の沿岸では干満の差により干潟、浅場の好気環境が繰り返し現れることにより活発な動植物の生産がおこなわれます。そして、沿岸における陸生植物帯,湿地帯,藻場,干潟,浅場からなる連続した領域は,物質循環,食物連鎖の最も活発な場所であり,水質浄化の観点から言っても,浄化能力が最も大きい場といえます。

  湖岸では干満が生じないので、生体活動は海に比べると限定的だと推量しますが、多くの文献図書に湖岸水草帯の水質浄化機能が示されています。図-8は、湖岸における水草帯を示します9)。陸側から沖に向かって湿性植物、抽水植物、浮葉植物、沈水植物などが生物の棲家を提供します。図-9は水草帯における水質浄化の概念2.16)です。水生植物が水中の窒素・リンを吸収して成長し、水生植物の葉、茎に付着する微生物や小型の植物プランクトンが動物プランクトンや底生生物に食べられ、そのプランクトンが魚類に食べられ、魚類が人間に収獲されることによって水中の栄養塩が系外に搬出される様子が理解できます。諏訪湖の場合、動物プランクトンはミジンコ類、底生生物はユスリカの幼虫やイトミミズ、魚類はワカサギ、コイ、テナガエビなどが頭に浮かびます。

図-8 湖岸における水草の分布9)
図-9 水草帯における水質浄化の概念2.16)

 

<湖岸の修復事業と市民の参加>

  水辺の自然が環境をよくすることは、上に述べたとおりですが、このことは湖にかかわらず、河川でも海岸でも言えます。洪水や高波から陸地を護るコンクリートの堤防や護岸は、治水対策とは言え人間の側から見た人間のための境界線で、それらは水辺の生態の側から見ると決してフレンドリーなものではありません。

  1980年代には、2.で述べたように下水道普及の効果が上がって、諏訪湖の水質は改善に向かっていましたが、改善の度合いは必ずしも期待通りではなかったそうです2.17)。この頃までには諏訪湖周辺の湖岸は、かなりの部分がコンクリート護岸で囲まれ、陸と水とが分断されていました。水質改善のさらなる進展をはかる専門家からは、諏訪湖沿岸の不自然さがたびたび指摘されており、実際、自然湖沼である諏訪湖の景観を損なうことに周辺の住民も気づいていました。そういった折、住民の一人の発案を基に、ドイツの都市計画や水質汚染対策の専門家を諏訪地域に招き、セミナーを通して諏訪地域の将来構想や自然生態系の保存による水質浄化の考え方を学ぶ勉強会が始まりました。この「日独環境まちづくりセミナー」は1989年から2002年までに日本で2回、ドイツで2回開かれました2.18)。このセミナーには、住民、行政、大学が一体となって参加し、回を追うごとに熱気を帯び、次第に諏訪湖湖岸の環境修復を地域全体で行う機運が生まれていったようです。この動きがそれ以降の「諏訪湖の水辺整備マスタープラン(1994)10.1)」や「諏訪湖創生ビジョン(2018)10)」に繋がっていきました。マスタープランでは、昭和30 年代の諏訪湖の原風景を参考とし、湖畔を治水、親水、レクリエーション、景観、自然環境の観点から湖畔を8つのゾーンに区域分けをして、整備の方針が位置付けられています。図-8にマスタープランのゾーンニングを示します。

図-10 諏訪湖の水辺整備マスタープランのゾーニング10.1)

 

<諏訪湖の思い出2>

  1996年頃、ある協会の仕事で諏訪湖の水質浄化の打ち合わせがあり、ご説明頂いた工事事務所の方から、浄化のために地元の人がドイツから講師を招き、また自分でもドイツの視察に訪れていることを聞きました。なんと、熱心な地元であることよと感銘を受けました。ユスリカで旅館が困っている話も併せて伺いました。

 

<変わりつつある諏訪湖の生態系>

  湖岸が人工的すぎるという住民の意見は、1993年前後から6か所の人工なぎさの設置へと繋がります。渋崎なぎささでは湖岸堤の前面に砂をいれて前浜を作り、図-11に示すようにヨシ、マコモを植栽しました2.19), 11)。図-12はなぎさの水草の復活状況を示します11)。片倉なぎさでは、湖岸堤の前面を緩やかな階段状の斜面としてその先に石と玉砂利を配置して人々が水際におりて水に触れあえるようにしました2.19)。図-13はその断面図を示します11)。こうして、2003年には魚介類に好まれるエビモが、その生育限界である水深4mにまで回復してきました2.20)。こうして2005年には諏訪湖の湖岸の修復事業はほぼ完成し、湖畔には緑が増え野鳥が降り立ち、水辺には浮葉植物や沈水植物が増加し始めました2.21)

図-11 渋崎なぎさ11)

 

図-12 渋崎なぎさの復活の状況11)

 

図-13 片倉なぎさ11)

<困ったこと1:ヒシの繁茂>

  こうして諏訪湖の湖岸には植生帯が復活し、下水道の普及とともにアオコが姿を消し水の透明度も3-4mまでに復活してきました。湖畔の公園や遊歩道を散歩する人々の数も増してきました。しかし、2000年ごろから浮葉植物ヒシが大量に繁茂するようになりました。初めのうちは水草の復活を喜んでいたのですが、あまりの多さのため船の運航やボート遊びが妨げられ、腐敗したヒシが悪臭の原因となったり、枯死して沈んだヒシが湖底で分解して貧酸素水の元となるなどのマイナス面が生じてきました。

  ヒシは泥質を好む浮葉植物です。窒素・リンを含んだ泥質の除去が不十分な限り、これからも大量の生成は避けられないでしょう。底泥浚渫には課題が多いことはすでに述べました。大量繁茂は人間にとっては困ることですが、ヒシも水辺生態系の一員ですから、全体のバランスを考慮しながら、図-14に示すように機械や人力でヒシの除去を続けていくしかないようです10.2)

図-14 水草刈取船によるヒシの刈り取り10.3)

<困ったこと2:貧酸素>

  水域の環境問題で最大の課題は「貧酸素」だといって過言ではないでしょう。多くの生き物を育む水域の生態系が維持できません。海の場合、浜に生息するアサリやハマグリなどの底生生物は貧酸素水塊の来襲で全滅し、大きな漁業被害が生じることがしばしば起きます。魚は自由に行動できるので貧酸素水塊から逃げることができます。しかし、諏訪湖のような限られた水域では魚といえども影響は免れないでしょう。諏訪湖の代表的な魚といえばワカサギですがワカサギについては次の項で述べます。

  さて、貧酸素は水域の底層付近において微生物による有機物の分解活動が盛んに起こり、酸素が大量に消費されることにより生じます。通常水中には7-8mg/ℓの溶存酸素(DO)がありますが、貧酸素状態では3mg/ℓ以下になります。微生物が分解する有機物は動植物の死骸であり、諏訪湖の場合、過剰な栄養塩により異常発生したアオコやヒシが枯死すると湖底に沈降して有機物として供給されます。

  図-15に閉鎖性水域における貧酸素水塊発生のメカニズムを示します。水質が貧酸素化(DO<3mg/ℓ)すると,底質から燐酸基PO43-が溶出しやすくなり、PO43-を栄養源とする植物プランクトンの異常発生(アオコ・ヒシの異常発生、赤潮)につながります。このように水域の内部負荷の生産過程は循環しており、水底に過去の負の遺産である栄養源が蓄積している限り、この循環は断ち切れません。

  2016年のワカサギの大量死10.4)(図-16参照)を契機とし、その主因を貧酸素水域の拡大と考えて対策が検討されました。貧酸素の発生源である汚泥の浚渫は前述したように問題があるので、覆砂やヒシの除去、機械によるばっ気などが検討されています。

図-15 閉鎖性水域における外部負荷と内部生産のメカニズム
図-16 ワカサギの大量死10.4)

<困ったこと3:ワカサギの漁獲減少>

  諏訪湖のワカサギ漁は内水面漁業の中心であり、かつ観光の目玉でもあります。しかし、1970-75年に300tあった漁獲量は10t 前後に落ち込んでいます10.5)。図-17に諏訪湖の漁獲量の推移を示します。図によれば、諏訪湖の漁獲量はワカサギだけでなく全体が1970年代を頂点に年を追うごとに低下しているのがわかります。諏訪湖にとって魚が棲みにくい環境が進んでいるとすると、まず思い浮かぶのは先ほど述べた貧酸素化の拡大です。しかし、山本・花里(2015)によるとそれだけではなく、水質浄化の結果、植物プランクトンの生産が低下し、それを餌にしていた動物プランクトン、ユスリカの幼虫が減少し、これらを餌にしていたワカサギやその他の魚類が減少していった可能性を指摘しています8.1)。水清くして魚棲まずとはこのことだったのかと、思わず納得してしまいます。

  ついでの話ですが、山本・花里(2015)8)によると、日本のあちこちの水域で貧栄養化が問題になっているそうです。例えば、瀬戸内海ではかって赤潮が頻発し漁業被害が絶えなかったため、1979年より瀬戸内海環境保全特別措置法を施行してCODの総量規制をし、さらに2000年の5次規制より窒素、リンも罰則を伴う総量規制の対象となりました。その結果、赤潮は抑えられ透明度も向上したのですが、ノリの色落ち、漁獲の低減などの問題がおきているそうです。詳しくは、文献8)をお読みください。

図-17 諏訪湖における漁獲量の推移10.5)

 

<参考文献>

2) 沖野外輝夫・花里孝幸編(2005):アオコが消えた諏訪湖 人と生き物のドラマ, 信州大学山岳科学総合研究所, 信濃毎日新聞社, 319p., 2005.10

2.16) p.225図2, 2.17) p.142,  2.18)p.141-158,  2.19)p.159-165,  2.20)pp.226-238,2.21) pp.159-165

8) 山本民次・花里孝幸編著(2015):海と湖の貧栄養化問題 水清ければ魚棲まず, 地人書館, 194p, 2015.3

8.1) p.9/花里孝幸

9) 長野県(2002):8.諏訪湖の生態系, みんなで知ろう「諏訪湖のあゆみ」, 平成14年度

10)長野県(2018):諏訪湖創生ビジョン, 長野県諏訪地域振興局, 95p., 平成30年3月

10.1) pp.11-13,  10.2) pp. 21-23, 10.3) p.62,  10.4) p.17,  10.5) p. 31

11)KUBOTA(1997):湖岸の再生計画,  URBAN KUBOTA NO.36|50, 1997

お問い合わせ 0120-158-455