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新そばの時期に思うこと

こんにちは。環境技術センターの齊藤でございます。
信州は今、香り高い新そばの時期で、どのお蕎麦屋さんも新そばを求めるお客様で賑わっています。

新そば

私の生まれ育った所はそばの産地として有名な松本市奈川地区。今は松本市と合併しましたが、当時は南安曇郡奈川村。山間に集落が点在し、平坦な場所が少なく、高地で気温が低いこともあり稲作には向いていませんでした。そこでそうした場所でも育つそばが栽培されるようになり、そばの産地として有名になりました。

その寒村で私の家は酒屋と宿屋を営み、この時期になると多くの人が我が家「清水屋」のそばを目当てに泊まりに来てくれました。
清水屋は私が産まれたとき、両親、祖父母、曽祖父母、さらにその上の高祖父母まで健在の大家族でした。そんな家に嫁いだ二十歳を少し超えた母は、お客様や、訪ねてくる親族の対応などそれは大変だったと思います。 この時期、お客様のお目当ては暖かな汁にそばをくぐらせて食べる「とうじそば」。山鳥で出汁をとり、新そばを汁とともに食べるその味は絶品だったようで、囲炉裏を囲んでお酒を飲み、とうじそばを食べ、そしてそのまま宿泊するというスタイルでした。 そばを打つのは曽祖母の仕事だったのですが、ある日あまりの人の多さに疲れて先に寝てしまい、やがて用意したそばが無くなり、それでも注文は入り、母は本当に困ったそうです。

 

とうじそば

その時、古くから我が家のお手伝いをして頂いた方が「お酒飲んでるし、わかりゃしないよ」と言って乾麺のそばを取り出し、それを出して急場をしのいだそうです。

お客様には申し訳なかったとは思いますが、お客様は「さすが清水屋のそばだ。旨い旨い。そばの切り方もまるで機械で切ったようだ」と言って食べてくれたそうです。 新そばの時期になると寒村で辛かった時期を思い出し、そんな話をしてくれる母は曽祖母の年齢を超えましたが、今でも元気で私と暮らしています。

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